「・・・場面が急にロングになって元の伯母の家を庭から見たところになった瞬間、父はもう死んでいるのだと気づいて夢の中で胸がいっぱいになって泣いた。目がさめてもほんとうに泣いたのかどうかは分からなかった。」
谷川俊太郎「
世間知ラズ」を再読。見開き頁ごとに、めくる私と、「今」を叫ぶ谷川が、生き生きと対峙する。初見、これまでの彼の詩との深い溝にびっくりしたが、読むほどに、氏作「あなたに」の問いかけへの、自答のようにも思えてくる。「父の死」の末節を数度朗読する。己の夢を思い出した。
祖父を亡くして半年ほどたったある日、私は祖父と手をつないで散歩をしていた。若々しい紺の大島紬を着た祖父は、微笑みを浮かべてゆったり歩き、まっすぐ前を向いたまま私を見ようとしない。私は彼を見上げようとした。祖父は小柄な人だから、私は今、幼児なのだと思った。群青の空から突き降りてくる陽光に目をしばしばさせながら、しばらく鼈甲色の眼鏡を懐かしんだ。手はあたたかいものだなとうれしくなって、ふとうつむいた途端に目が覚めた。まぶたを開くと涙があふれてきたが、まばたきの間だった。哀しくはなかった。空の眩さに、ほんのすこし、目を洗われたのかもしれなかった。