いやなお方の親切よりも 好いたお方の無理がよい
◎いやな座敷に居る夜の長さ なぜか今宵の短さは
浮名立ちや それも困るが世間の人に 知らせないのも惜しい仲
うちの亭主とこたつの柱 なくてならぬがあつて邪魔
◎團扇づかゐもお客によりて あふり出すのとまねくのと
お前死んでも寺へはやらぬ 燒いて粉にして酒で飮む
お酒飮む人しんから可愛い 飮んでくだまきやなほ可愛い
おろすわさびと戀路の意見 きけばきくほど淚出る
をか惚れしたのは私が先よ 手出ししたのは主が先
◎重くなるとも持つ手は二人 傘にふれふれ夜の雪
可愛いお方に謎かけられて 解かざなるまいしゆすの帶
◎顏見りや苦勞を忘れるやうな 人がありやこそ苦勞する
金の屏風に墨繪の牡丹 中に二人の狂ひ獅子
口でけなして心で襃めて 人目しのんで見る寫眞
◎戀に焦がれて鳴く蟬よりも 鳴かぬ螢が身を焦がす
戀といふ字を分析すれば 絲し絲しと言ふ心
◎小唄どどいつなんでもできて お約束だけ出來ぬ人
かうしてかうすりやかうなるものと 知りつつかうしてかうなつた
この酒を とめちやいやだよ醉はせておくれ まさかしらふじや言ひにくい
これほど思ふにもしそはれずば わたしや出雲にあばれこむ
信州信濃の新蕎麥よりも わたしやお前のそばが良い
白だ黑だとけんかはおよし 白といふ字も墨で書く
隅田川さえ棹さしや屆く 何故に屆かぬわが思ひ
竹ならば 割つて見せたゐわたしのこころ 先へ屆かぬ不幸せ
たつた一度の注射が效いて かうも逢ひたくなるものか
立てば芍藥座れば牡丹 步く姿は百合の花
たとへ姑が鬼でも蛇でも ぬしを育てた親ぢやもの
◎猪口猪口逢ふ夜をひとつにまとめ 德利話がしてみたい
つとめする身とお庭の燈籠 晚にや誰が來てとばすやら
つとめする身は田ごとの月よ どこへまことが映るやら
積もる思ひにいつしか門の 雪が隱した下駄の蹟
何でもないのに世間の人が 內緖であふやな仲にする
なんの因果で他人がいとし 育てられたる親よりも
何をくよくよ川端柳 水の流れを見て暮らす
◎泣いた拍子に覺めたが悔し 夢と知つたら泣かぬのに
ぬしとわたしは玉子の仲よ わたしや白身で きみを抱く
薔薇も牡丹も枯れれば一つ 花でありやこそ分け隔て
一人笑ふて暮らさうよりも 二人淚で暮らしたい
ひとりで差したる唐傘なれば 片袖濡れよう筈がない
惚れて通へば千里も一里 逢はで歸ればまた千里
ほんにお前が酒好きゆゑに わたしや餅燒く世話がない
惚れさせ上手なあなたのくせに あきらめさせるの下手な方
丸い玉子も切りよで四角 ものも言ひよで角がたつ
枕出せとはつれない言葉 そばにある膝知りながら
山のあけびは何見てひらく 下の松茸見てひらく
雪をかぶつて寢てゐる竹を 來ては雀がゆりおこす
◎雷の光で逃げ込む蚊帳の 中でとらるゝへその下
わたしや奧山一もと櫻 八重に咲く氣はさらにない
わしとおまへは羽織の紐よ 固く結んで胸に置く