
2004年8月6日に伯父が亡くなった。形見に彼の文章をもらう。退職後こつこつ綴っていたという、ワープロに残された未完の半生記である。警察官らしい簡素でキビキビとした言葉遣いで、気魄はひざを正さしめる。オレはオジさんをよく知らなかったんだなあ、と読み進めるうち、「陸軍特別攻撃隊の爆弾装備の作業に従事中八月十五日の終戦を迎えた」の一行にあたる。息をのんだ。
小学校にあがった頃だと思う、伯父の家を訪れたある日、私は紙をもらって、当時こっていた零戦の絵を何枚も何枚も書いていた。何か言いたげにそのようすを眺めていた彼は、ふと衝かれたように、コクピットや増漕の位置、日の丸の大きさなどを細やかに指摘した。
驚いて顔をあげると、「それが本当なんだよ」と独り言のようにつぶやき、大きい手でゆっくりとタバコに火をつけた。柔らかい笑顔は、あきらかに私以外の何かを怒り、哀しみ、懐かしんでいた。
幼いなりに、ふれてはならない大人の深い心を感じ取ったのだろう。寡黙で、いつも優しく頭をなでてくれるその人を、見てはいけないのだという気持ちになって、私はうつむいたまま、黙ってドラえもんか何かを書きなぐっていた。
それから伯父は、あの日の落書きのことを、とうとう一度も口にしなかった。
cf.
2004-10-06 2006-02-07
cf. https://www.youtube.com/watch?v=g7F4nHBdHv0