つたわることば
by sato_ignis
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青葉茂れる櫻井の 里のわたりの夕まぐれ
木の下陰に駒とめて 世の行く末をつくづくと 忍ぶ鎧の袖の上に 散るは涙かはた露か
正成涙を打ち拂ひ 我が子正行呼び寄せて 父は兵庫に赴かん 彼方の浦にて討ち死にせん 汝はここまで來つれども とくとく歸れ故郷へ
父上いかにのたまふも 見捨てまつりてわれ一人 いかで歸らん歸られん この正行は年こそは 未だ若けれ諸ともに 御供仕へん死出の旅
汝をここより歸さんは 我が私の爲ならず おのれ討死爲さんには 世は尊氏の儘ならん 早く生い立ち大君に 仕へまつれよ國の爲
この一刀は住にし年 君の賜ひしものなるぞ この世の別れの形見にと 汝にこれを贈りてん 行けよ正行故郷へ 老いたる母の待ちまさん
共に見送り見返りて 別れを惜しむ折からに またも降りくる五月雨の 大空に聞こゆる時鳥 誰か哀れと聞かざらん あわれ血に泣くその聲を
遠く沖べを見渡せば 浮かべる舟のその數は 幾千萬とも白波の 此方をさして寄せて來ぬ 陸はいかにと眺むれば 味方は早くも破られて
須磨と明石の浦づたひ 敵の旗のみ打ちなびく 吹く松風か白波か よせくる波か松風か 響き響きて聞ゆなり つづみの音に閧の聲
いかに正季われわれの 命捨つべき時は來ぬ 死す時死なでながらへば 死するに勝る恥あらん 太刀の折れなんそれまでは 敵のことごと一方より
斬りすてなん屠りてん 進めすすめと言ひ言ひて 驅け入るさまの勇ましや 右より敵の寄せくるは 左の方へと薙ぎ拂ひ 左の方より寄せくるは
右の方へと薙ぎ拂ふ 前よりよするその敵は 後ろよりするその敵も 見ては遁さじ遁さじと 奮ひたたかふ右ひだり とびくる矢數は雨あられ
君の御爲と昨日今日 數多の敵に當りしが 時いたらぬをいかにせん 心ばかりははやれども 刄は折れぬ矢はつきぬ 馬もたをれぬ兵士も
かしこの家にたどりゆき 共に腹をば切りなんと 刀を杖に立ちあがる身には 數多の痛矢串 戸をおしあけて内に入り 共に鎧の紐とけば
緋おどしならぬくれなひの 血潮したたる小手の上 心殘りはあらずやと 兄のことばに弟は これみなかねての覺悟なり 何か歎かん今更に
さは云へ悔し願はくは 七度この世に生まれ來て 憎き敵をば滅ぼさん さなりさなりとうなづきて 水泡ときえし兄弟の 心も清き湊川
by sato_ignis
| 2021-11-28 03:28
| 詩
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