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草鞋が破れて小石が入つて困るので、小本(おもと)の川口の部落で買はうとしたら、驚くべし紺絹キャリコの、小はぜが金かと思ふやうなのしか置いてなかつた。そんなら土地の人たちは、草鞋に何を穿くかと氣を附けて見ると、多くは素足であり、然らざれば足袋とも呼ぶ能はざるものを縛り附けてゐる。全くこの邊の者には足袋は奢侈品で、奢侈品なるが為に此の如き、想像し得る限りの最も柔かなものを特に択ぶのであらう。メリヤスの肌衣なども、夏の最中に裏毛ばかりを賣つて居る。同じ心理上の現象である。
木綿の歴史は日本では至って日が淺いが、田舎の足袋の起原は其木綿が行渡つてから、また遙か後である。多くの農家にはまだ祖父曾祖父の革足袋が遺つてゐる。革足袋も足袋の中だが、僅かに人間の足の皮の補助をするといふまでゞ、汚さもきたなく、心を喜ばしむべきものでは無かつた。五尺三尺の木綿が始めて百姓の手にも入り、足袋にでもして穿かうと云ふ際には、やはり今日の絹キャリコに對するやうな、勿体なさと思ひ切りを、根が質朴な人だけに、必ず感じ且つ樂しんだことゝ思ふ。此點に於いては忍の行田も攝津の灘伊丹と、功罪ともに同じと言って宜しい。 酒の個人的または家長專制的なるに反して、菓子の流布には共和制の趨勢と謂はうか、少なくとも男女同等の主張が仄見える。しかももし年に一度のジャガタラ船が、壺に封じて砂糖を運んでくる世であつたら、寒い東北の浦々まで、黴びたりと雖も蓬莱豆、蝕めりと雖もビスケットが、隈無く行き渡り得る筈は無いのである。盆の精靈に供へる蓮の花の形の菓子がある。米の粉で固めて紅と青とで彩色がしてある。試みに食つてみるに程よく甘かつた。臺灣がわが屬地となつたお蔭に亡者までが怡ぶ。況んや生きて且ついとほしい人々が、互ひに此文明を利用せんとしなかつたら、かへつて不思議だと言はねばならぬ。 近頃の話である。或やさしい奧さんの宅へ、村でも瓢輕で知られて居る老人が、いつになく眞顏で訪ねてきて、是非おめエ様に御ねげエ申してい事があると言ふ。この間隣の女隱居の病氣がむつかしいと謂ふ頃から、折々頼みがある/\と言つて居たが、けふは酒の力を少しは借りたらしく、しかもなほ唇を乾かして思ひ入つて話をした。 他の者に聞かせると、また何のかのと評判にするからいやだ。親類でもない者が見舞にも行かれぬが、おら、あの御婆さんには子供の時、足袋を拵へてもらつてひどく嬉しかつたのが、今に忘れることが出来ない。何と一つ此菓子の袋を、そつと持つて往って上げて貰へまいかと謂ふのである。 其が何でも死ぬ四五日前だつたさうである。枕元へ誰にも知らせずに菓子袋を持つて行き、靜かに此話をして聞かせると、さも嬉しさうな顏をして笑つたさうである。さうして大きな涙をこぼしたさうである。子供の時分の事だからよくは覺えないが、そんなことも有つたか知れぬ。何にしても御親切は誠に嬉しい。悦んで居たと言つて下さい。有難く御馳走になつて往くからと言つて下さいと謂つて、心から感謝をして居る樣子であつたと云ふ。 お婆さんの亡くなつてから、あアは言つたがお菓子はどうなつたらうかと、其と無く氣を附けて見たが、終に其袋さへも見えず、又孫たちも一人も知つた樣子がなかつた。多分は話した通りに、食べてしまつてから死んだことであらうと思はれた。 「豆手帖から」大正九年八月・九月「東京朝日新聞」
by sato_ignis
| 2016-06-08 03:51
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