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奈良の薬師寺と法隆寺の宮大工の棟梁、西岡常一さんがいる。文化功労者にもなった現代の匠である。薬師寺の西塔や金堂などを飛鳥時代の技法で再建したことで知られる。共著で『法隆寺を支えた木』や『蘇る薬師寺西塔』などの含蓄に富む著作がある。
だいぶ前だが、薬師寺の建築事務所に西岡さんを取材で尋ねたことがある。事務所の一角で製図板に向かって図面を引いているところだった。穏やかな表情で、いかにも技術者らしい筋道を立てた淡々とした語り口が印象的な人物である。 どのように大工たちの指導をしているのか尋ねると、「細かいことは言いません。最後に梁を上げたりする時に、柱は垂直か、梁は水平になっているのか、そんな点を確認するだけです。まあ、きちんと組上がっていればいいんです」とおおらかな答が返ってきた。名工と言われる人は、職人気質で微に入り細をうがち指示し、厳しく指導するのかと勝手に想像していたので、軽い驚きを覚えた。 「飛鳥時代の人たちの仕事ぶりをみると、部材の寸法などは大まかで規格品のようには揃っていません。しかし組み上げると、法隆寺などを見ればわかるように、バランスのとれた素晴らしい造形になるわけです」。西岡さんによると、飛鳥の匠は木を規格品として扱っていないという。 節があっても気にしない。ねじれたのや堅いのなど、木はそれぞれ個性を持っている。様々な癖のある木を組み合わせて、それらの癖を互いに生かして強度が出るようにして使っているそうだ。 「木を買う時は、山を買え」と西岡さんは言う。木は産地によって材質が変わるのはもちろん、生えている斜面の向きによっても違う。建物の北面には山の北斜面に生えていた木を、南面には南斜面の木を、という具合に、木が育った環境も考えて使うのが自然にかなっているという。 千年を超える飛鳥時代の木造建築物は、木の性質を生態的によく知り、その自然の理法にかなった使い方をしたから生まれたというわけである。 面白いのは、時代が下るにつれて、材木が規格品化している点である。西岡さんは宮大工だから各年代の社寺の修復工事などで現物を見て知っている。例えば、室町時代くらいになると、木目の揃った材木を、高い寸法精度できれいに仕上げて使っている。工業化社会の感覚が染み付いている我々素人には「進歩」と思えるが、西岡さんは「長持ちしませんな」と言う。 均質に作られた規格品は、肝心の木が生きていないから弱いそうである。飛鳥時代の古建築は多様な性質の木をそのまま生かして使っているから、長い寿命を保てるのだという。規格品は見た目には美しいが、実は素材の生命を殺しているわけである。 「人の扱いも同じでしょう。規格に合わないのを切り捨てるのは不自然じやないですか」。西岡さんの下に、弟子入りするのは特別に選ばれた大工ではないという。"普通の大工"である。「宮大工はお金にはなりません」と笑う。来る者は拒まずのようである。細かいことは言わず、要所だけチェックするというやり方で、それぞれの技量に応じて仕事をさせるらしい。人材についても、規格品など求めないのだろう。多様な個性を組み合わせて自在に使う。 「木の話を聞いて、その生命を建物に宿すだけ」と言う西岡さんが目指すものは、千年を超す寿命を持つ建物である。「現代の建築で後世に残るのは、私たちが建てたものだけでしょう」とこともなげに語っていたのを、今もよく覚えている。確かに、堅固なようですぐに老朽化するコンクリートの建築はとてもそんなに持つまい。量産の文化は砂上の楼閣のように瞬く間に消えていく。 日本経済新聞社(1993)「日本型人事は終わった―“役職デフレ時代”の到来」日本経済新聞社
by sato_ignis
| 2015-01-28 02:46
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