朝九時すぎに起きてコーヒーを飲み
ワードプロセッサの前に座った
前の家にはまだいくらか木立が残っている
小鳥の鳴声がしているが名前を知らない
草木や生き物や星の名前を覚えようとしないのは
私が通行人の目でこの世を眺めているからか
不意にマサカリという言葉が頭に浮かんだ
ときどきそんなふうにして詩は始まる
だが私はマサカリという道具を使ったことがない
手で触ったことすらない
子どものころ五月人形の金太郎が
肩にかついでいたのをぼんやり思い出すだけだ
それなのに私は辞書を引いて鉞という字を探し出す
ワーズワースが言ったように詩が
静寂の中で呼び起こされた情感に発するものだとすれば
私のマサカリは静寂にも情感にも関係のない
想像力の単なる騒がしい小道具
詩なんてアクを掬いとった人生の上澄みねと
離婚したばかりの女に寝床の中で言われたことがある
スイッチを切ると目の前の言葉は一瞬にして消え去った
ついでに詩も消え去ってくれぬものか
cf.「世間知ラズ」谷川俊太郎 http://ignis.exblog.jp/5404529/