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4月9、10日宮城県気仙沼市本吉町大森の清涼院(お寺兼避難所)にて、お祭り(炊き出し&イベント)をやってきました。被災地の方たちから元気になれるようなイベントをやってほしいとのの要望で、準備期間約1週間、安井先生の呼びかけから始まり30代若者、東北の大学生たち、多くの『被災地のために何かしたい』人が集まり40人弱のメンバーで、シチュー、ご飯、焼きそば、野菜炒め、焼き魚、ケーキ、お汁粉、たこ焼き、綿あめ、フランクフルト、ホットワイン、花などを被災地の200名程度の人たちに振る舞ってきました。私は、3月に南三陸町戸倉の医療ボランティに参加して医者として災害で何ができるかを考えていました。それでも今回、医療ではなく一般ボランティアをすることにしたのは、医者と患者の関係ではなく出来れば近い距離で何ができるかを考えたかったのと、普通は医者でない人たちの方が多いわけですから、その多い人達でできることを見つけようというのが動機でした。お祭り内でのイベント余興は、射的、くじ引きを用意しました。寄付で集めたおもちゃや生活用品を景品に子供から大人、ご老人まで楽しめる形で一緒にゲームをやる、そうすると自然と会話は生まれお互いに元気を与えられる、それを実感できます。そういう意味で宮城から帰ってきて考えても私たちは、何かしてあげるのでなく一緒に何かしたいという想いが強かったなと感じます。お寺の境内を舞台として舞台上で被災地の方たちが踊り、手品や歌を披露し、司会は東北テレビアナウンサーのボランティアで、進行は僕たちと現地スタッフで相談、料理を皆に配り、会は祭りとなり、祭りは人を喜ばせる盛大な催しものとなりました。被災地の人達は、疲れています。参加者全体で『ふるさと』を合唱しているときに一人のおばあさんが泣き崩れました。震災から約1カ月、前日には震災後最大の余震があり、張りつめた糸が切れたように泣いていました。いつでも逃げれるように寝る時も洋服を着て、普段は風呂も入れず、町のがれきは依然、周りを囲み、先が見えない生活は人を疲れさせています。何ができるのか、何をすればいいのか。被災地の生活、避難所、物資、瓦礫の掃除、医療、介護、雇用、漁業、子供の学校、教育。何ができるかと考えるのでればやることはたくさんあります。
短期ボランティアで長期支援は、行って働いて考えて皆に伝える、その繰り返しだと思います。大勢で押し掛けるのを良しとしない人もいます、今回お祭りに参加した被災地の人達は一部の傷の浅い人たちかもしれませんが、何が良いのか自分で考えるしかないです。その意味で参加メンバーはそれぞれのアイディアで、できることをやりました。活動内容の写真、被災地からのメッセージ、メンバーのメッセージ良かったら見てください。短期ボランティアで長期支援をしていくには多くの人の無理ない協力が必要で、だからこそ、自分で考えて何かしたい人は一緒にやりましょう!最後にこれは被災地からのメッセージです。 https://docs.google.com/viewer?a=v&pid=explorer&chrome=true&srcid=0B6t1OMG-YypIMDgyNDQ2NmQtZTEwNS00YzVjLTlhMmYtY2E1N2MxNzgxZGZh&hl=ja&authkey=CP3CzdsD
by sato_ignis
| 2011-04-14 02:15
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