落葉松の幽かなる、その風のこまかにさびしく物あはれなる。ただ心より心へと伝ふべし。また知らむ。その風はそのささやきは、また我が心のささやきなるを。読者よ。これらは声に出して歌ふべきはのものにあらず。ただ韻を韻とし、匂を匂とせよ。
からまつの林を過ぎて、
からまつをしみじみと見き。
からまつはさびしかりけり。
たびゆくはさびしかりけり。
からまつの林を出でて、
からまつの林に入りぬ。
からまつの林に入りて、
また細く道はつづけり。
からまつの林の奥も
わが通る道はありけり。
霧雨のかかる道なり。
山風の通ふ道なり。
からまつの林の道は
われのみか、ひともかよひぬ。
ほそぼそと通ふ道なり。
さびさびといそぐ道なり。
からまつの林を過ぎて、
ゆゑしらず歩みひそめつ。
からまつはさびしかりけり、
からまつとささやきにけり。
からまつの林を出でて、
浅間嶺にけぶり立つ見つ。
浅間嶺にけぶり立つ見つ。
からまつのまたそのうへに。
からまつの林の雨は
さびしけどいよよしづけし。
かんこ鳥鳴けるのみなる。
からまつの濡るるのみなる。
世の中よ、あはれなりけり。
常なけどうれしかりけり。
山川に山がはの音、
からまつにからまつのかぜ。
cf. 「かやの実」
かやの木に
かやの実なり、
かやの実は熟れて落ちたり。
かやの実を拾はな。
cf. 「ことりのひな」
きりさめかかるからまつの
もえぎのめだちついばむか。
うぶげのことりねもほそく、
みしらぬはるをみてなけり。