一. 紅萌ゆる岡の上 夕月淡く照らすころ
戀に泣く子は唯一人 吉田の山をさまよひぬ
二. 折から山の靜けさを 破りて響くマルサスの
挽歌の聞かゆ來て見れば 此處に一人の乙女あり
三. 月は東の空に出で 曠野の果の月見草
一人咲くべき戀の世に 可憐の乙女何を泣く
四. 思ひぞ出づる去年の夏 三津が濱邊の夕月に
末を誓ひしその君は 花の都に出で立ちぬ
五. 戀知り初めしひな鳥は 乙女心の涯もなく
歸らぬ君を待ちつゝも 濱邊の月に泣きたりき
六. 待ちにし甲斐も荒波の 碎けて散りぬその君は
學びの路にいとすぎて 病の牀に打ち伏しぬ
七. 神に祈りし甲斐もなく 佛に泣きし甲斐もなく
嗚呼その君はその君は 永久の旅路に死の蔭に
八. 君にと投げしこの 腕 君にと梳きし黑髮も
今將此處に何かせん 戀しの君は今はなし
九. 取り殘されし乙女子は 京に上りて東の
御空に月の出づる頃 君逍遙の蹟に泣く
十.げにもうたての君が身よ 戀に破れしかげろふの
其れにもまして堪へがたき 淚は如何に誘ふらん
十一.されど乙女子戀の子よ 君永劫の死に去れど
戀には朽ちぬ命あり うましき戀に君よ泣け うましき戀に君よ泣け
cf. 「紫淡くたそがるる(一高、明治四一年)」の節で